熊本県・菊池神社内にあるお稲荷さん
こちらの菊池神社には数年前から何回か足を運んだことがありました。
その際に、お稲荷さんがいらっしゃることはわかっていましたが、マメに足を運べる距離に住んでいなかったため、一度も参拝することはありませんでした。
2020年の秋頃に初めて参拝させていただいた時、かなり強いお稲荷さんがいらっしゃることに気づきました。
お社の後ろにまわりますと、更に強いエネルギーを発しております。
参拝する箇所は2箇所あり、1箇所にはお賽銭箱があります。
こちらのお稲荷さんはとても面倒見の良いお稲荷さんです。
マメに通える距離であれば、ご自身の近況報告をお話に行けば、お力添えをくださるお稲荷さんのようです。
菊池神社に参拝に行く度に思うことは、お稲荷さんのところに参拝している方を見かけたことはありません。
ですが、こちらのお稲荷さんに参拝しないのは勿体ないな。と思うようなところです。
木がたくさん生えているので、暗く、人によっては怖いという印象を受けてしまうような場所かも知れません。
ですが、こちらのお稲荷さんは大変力が強いので、行く度に心地良い風を吹かせてくださいます。
素敵なお稲荷さんです(^^)
福岡・宮地嶽神社
こちらの神社は後ろの山が御神体になります。
山の方に登ると濃いエネルギーをいただけます。
本殿の左後ろにまわることで、山のエネルギーを若干受け取ることも出来ます。
本殿の真後ろにも参拝するところがあり、こちらからもお参りをすると良さそうです。
今回私は、2回目の参拝となりましたが、
車で宮地嶽神社へ向かっていると、運転している途中で場のエネルギーが変わり、神様やご眷属様方に歓迎されていることがわかりました。
駐車場に停めて、ワクワクしながら歩いて鳥居をくぐった瞬間、頭の中に声が響きます。
「待っておったぞ」
『ひぃ。。すみません。行こう行こうと思っておりましたが、なかなか来れず、ようやく今日こちらに来れることが出来ました。ご縁をありがとうございます』と心の中で話しかけていると、
「良い良い。早く上がってきなさい」とお言葉をいただきました。
私は2020年12月より、宮地嶽神社の神様のところに行かねば。と思っていたのですが、
月日が経ち、2021年4月の参拝となってしまいました。
今回は山登り目的ではなく、お礼参りも兼ねての参拝でした。
山登り目的だった1回目と違い、ゆっくりと境内をまわることが出来たので、新しい発見がいくつかあったのです。
それが最初に書いたものです。
また、元宮があった場所もあり、そちらを見つけたことも、今回の嬉しい収穫でした。
宮地嶽神社の裏にある山の神様は、男性です。
この男性の神様がどうやら待っていて下さったようです。
境内にはフクロウさんもいて、フクロウさんとも心の中で会話してみました。
社務所にはお塩も置いてあり、お塩には「魔除け」と書いてあります。
ご縁のある方へとお渡し出来ればいいな。と
お塩をいただきました。
次に行く神社があったので、あまりゆっくりは出来ませんでしたが、またここの神様と会話しに来たいな。と思うような素敵なところです。
行かれる時は山登りもしていただければいいな。と思います。
軽めの登山です。
そして景色はあまり見えません。(私が1回目に登った時の話です)
ですが、山の方がエネルギーが断然高いので、登る時間があれば、ゆっくり登りたかったな。と思いました。
あ。帰りに神様が一言声掛けて下さいました。
「次の神社では雨が降るぞ。足元に気をつけてな」とのことでした。
ここまで雨を降らせずにいてくださった神様、龍神様には感謝です。
動物や植物
動物や植物というのは、無償の愛をくださいます。
浄化をしたい環境には植物を置くと良いのですが、「いつも枯れてしまうので、もう置いてません」というお言葉もお聞きします。
この場合は、植物がその場のマイナスなものを吸ってくれている場合もあるため、枯れても枯れても置き続けた方が良いのです。
全てがマイナスエネルギーのせいという訳ではなく、水のやりすぎ、水が足りない、肥料不足、日照不足などその他の原因もありますが、植物はなるべく置いておいた方が良いです。
そして、お声かけをすることです。
「おはよう」でも「ありがとう」でも良いので、声をかけることで、植物も喜びます。
喜んだ分のプラスなエネルギーを発してくれるので、なるべくお声かけをした方が良いです。
そして、動物もそうです。
可愛がってくださる環境では、その方に対し、癒しをくださいます。
その分、動物もプラスなエネルギーを発するのです。
例え植物が枯れたとしても、気に病む必要はありません。
植物に感謝の気持ちを伝え、新しい子を迎えてあげてください。
私たち人間も、植物や動物のような無償の愛を持ち続けたいものです。
佐賀県・武雄神社
豊玉姫神社の後、武雄神社に向かいました。
こちらには清めの神様がいるとのことなので、楽しみにしておりました。
本殿の左後ろに摂社・末社があるのですが、
こちらに塩釜神社があります。
清めの神様がおられました。
私のしている仕事についてお尋ねしたところ、アドバイスをいただきました。
人様のお体を触る仕事というのはリスクを伴います。
お相手にも守護チームがいるため、生半可な気持ちで接してしまうと、反感を買うのです。
すごく心地よい風が吹き、清めていただきました。
その後、大楠の方へ向かうと、こちらも大変心地よいエネルギーです。
ここにはたくさんの精霊がいました。
人が入れないような禁足地となっており、
大楠には近づけないようになってはいますが、
この場にいるだけで癒してくださる場所です。
この地が近くにあるのであれば、頻繁に通っているだろうなぁ。と思うような素敵なところです。
塩釜神社の神様には
「点と点を結び
線となり
線が繋がり円となる。
人の縁とはそういうものだ。」
とお言葉をいただきました。
自分の仕事に対してもう少し頑張ってみよう。と思った神社です。
不思議な男の子
私は夢でちょくちょく変な世界に紛れ込むことがありました。
寝てる時は無防備で、霊的な存在にあちらの世界に引っ張られてしまうことも過去にあったので、身を守るためにも、枕の下にはあら塩を入れて寝ております。
数年前に、寝ていたところ、地獄絵図のような世界に彷徨いこんでおりました。
周りには鬼のような存在と、霊的な世界の方々がウヨウヨとしており、その存在達は私自身に向かっては来ないものの、かなりの多さに囲まれ、私は逃げ場を失っていました。
出口もわからない。
夢なのか現実なのかもわからない。
何故ここにいるのかもわからない。
どうすれば良いのか。と途方に暮れていたところ、私の真横にちょこんと男の子が現れました。
5歳~6歳位の男の子です。
その子は無言で私の手を引っ張りました。
その瞬間、映像が瞬時に変わり、江戸時代頃の映像へと変わりました。
全てがセピア色の街並みで、街にはカラフルな色が一つもありません。
そして人っ子一人いません。
この世界だけ時が止まっているかのように、誰一人いないのです。
このセピア色の街並みで、男の子が案内するまま、私は見ず知らずのお宅に連れて行かれました。
そのお宅の居間のようなところへ行くと、二つのオーブのような虹色の玉が浮かんでいます。
男の子の目線の高さくらいまで浮いているのです。
全てがセピア色なので、その二つのオーブが
一際目立ち、すごく綺麗で美しかったのを覚えています。
男の子が「これを触るといいよ」と初めて話しかけて来ました。
私は『え?どっち?どっち触るの?二つあるんですけど?
これどっちか触ったら振り出しに戻るとかないよね?』
と思いながらも、勢いで左側の浮いている虹色のオーブを触りました。
その瞬間、夢から目覚めたのです。
私は『あぁ。夢だったか。戻ってこれて良かった。あの男の子のおかげだ』と思っていました。
そして、その日はあら塩を枕の下に入れるのを忘れていたんです。
男の子が守ってくれたんだな。と感謝しました。
それからすっかり男の子の存在を忘れていたんです。
男の子の夢を見て数年後のある日、お仕事をしていますと、お客様の足元に知らない男の子が立ちました。(私は人様の施術をするお仕事です)
この男の子はお客様のことを「このお姉ちゃんはね、○○なんだよ」と教えてくれます。
また別の日に仕事をしていますと、また見ず知らずの男の子が立ち、「この人はねぇ、○○なんだよ」と教えてくれます。
私はその都度、これはお客様の守護チームなのかな?と思っていたんですが、ふと数年前の夢に出てきた男の子と似ていることを思い出しました。
その男の子は私のハイヤーセルフだということに気づいたんです。
そして2021/3、つい先日ですね。
私は夢か現実かわからない状態でウトウトしておりました。
スーッとハイヤーセルフの男の子が出てきて「白糸の滝に行っちゃダメだよ」と言って消えていきました。
目が覚めた私は『ん?何か言ってたなぁ。メモ取っておくか』と念の為メモしておきました。
次の日私は、友達と神社巡りをするため、福岡の神社を散策していますと、その神社の裏手に「白糸の滝」という看板が目につきました。
その瞬間、『あ。昨日言ってたのはココのことだったんだな』と思い出し、友達に話しました。
その時は友達とその場を離れ、次の神社に向かいました。
神社に行く前日に出てきた男の子。
後々考えてみたところ、
何故白糸の滝に行ってはならないのかは全くわかりませんが、私の憶測だと、もしかしたら私は魂を抜かれることになっていたかも知れないなぁ。と感じました。
憶測ですが。笑
ハイヤーセルフの男の子。
今度名前を聞いてみようかな。と思った不思議な体験でした。
また出てきた時にはブログに書かせていただきます。
佐賀県・豊玉姫神社
お稲荷さんが苦手な理由を書こうと思っていましたが、どうしても文章が書けませんでした。
というのも、その時の自身の体験を事細かに書かないと伝えるのが難しく、その時の次元へと意識を合わせることはやはり危険だと思い、書くのはやめました。
霊的なものや妖怪の世界をみていた自分に意識を合わせることが、この文章を読んでいる方にまで影響を及ぼすと思ったからです。
そのため、素敵な神社をご紹介しようと思います。
こちらは参拝時、駐車場がわかりにくかったのですが、本殿の裏から入るようになっております。
社殿は割と小さめではありますが、
すごく明るい女神様がおられました。
私は竜宮の神様とは魂の縁が深いようで、参拝前からワクワクが止まりませんでした。
お会いした瞬間、「よう来た、よう来た」と女神様も大変喜んでおられ、私のテンションも『やったー!神様ー!!』と終始上がりっぱなしです。
白鯰の置物がところどころにあり、その置物を探すのも楽しい神社です。
こちらの豊玉姫神社は、美肌の神様とも言われているようで、美肌に関してのお願いをする箇所もありました。
摂社・末社、全てにお参りし、石碑には色んな神様のお名前が彫られていて、そのお名前を見るのも楽しめます。
『ほほぅ。こんな神様もいらっしゃるのね』とワクワクが止まりません。
本殿から右後ろにいらっしゃる石碑の神様は大変エネルギーが高く、スッキリと浄化をしてくださいました。
ゆっくり出来るのであれば、ゆっくりしたかったのですが、私は次の神社へ向かうため、『また来ます』と神様にお伝えし、次の神社へ向かいます。
守護チームとは②
守護チームとは①の続きで、今回は私の守護チームの役割です。
これは私の守護チームを例にしておりますので、それぞれの方が同じような性質ではないことを予め御理解いただければと思います。
メインの方は前回書きました通り、弁財天=市杵島姫命=サラスバティの生まれ変わりのお方です。
私が生まれる前から人生設計を一緒に考えて下さり、生きている上で必要な時に課題を下さったり、私がいまいま必要なご神仏との縁を繋ぎに行って下さったり、いま出会っている方々との縁を繋いで下さったりしております。
そしてチームの他の方のご説明です。
まずは男性のお坊さんです。
この方は生きていた頃、高野山で修行をしていたお方です。
お坊さんと言うと優しいイメージもあるかと思いますが、私を守護してくださるお坊さんは、結構厳しいお方です。
武蔵坊弁慶のような服装で、結構ゴツイ感じです。
私は今回の人生で、波乱万丈な課題を選択しているため、要所要所でお坊さんが引き締めてくれています。
基本的には優しく愛に満ち溢れておりますが、厳しいのには意味があり、私が霊的に受けやすい体質なため、その霊的なものから守るためにも厳しい性質をお持ちなようです。
そして次はガテン系な男性です。
この方は江戸時代中期、江戸が一番江戸らしい時の石工職人さんです。
チャキチャキの江戸っ子といった感じで、ガハハと笑っている感じです。
いつもはドーンと構えていて、私が落ち込んだ時に「ほらよ!」と少しだけ良いことを投げかけて下さいます。
私が様々なことを心配ばかりしていた時には「先のことを心配したって仕方ねぇじゃねぇか!ガハハ!」と励ましてくださるお方です。
そして、私の過去世の巫女さんです。
この方は本当に優しいお方です。
メインの守護さんの癒しの部分をサポートして下さり、私の家族の守護チームや、周りの方の守護チームとの連絡役でもあり、
メインの方の秘書的な存在でもあります。
私が自分の子供に対し、過敏になっていた時、「あまり追いまわすことはしない方が良いですよ」と助言をして下さったこともあります。
そして平安時代の女性の方です。
この方はちょっと謎めいております。
私の文章力や表現力などのサポートをして下さいます。
書いて表現すること、口で伝えることなどのサポートです。
私は以前、人に言葉を伝えることがかなり苦手なタイプでした。今もですが。笑
極度の人見知りで、自分の言いたいことは言えない人でした。
毎月通っていた、産土神様(産まれた土地の神様)のところで、私がポツリと呟いた「もっと人に伝える力があればいいなぁ」と発した言葉に対し、守護チームの前衛として2017年にバトンタッチして下さったようです。
そして黒龍さん。
元々は宗像大社の神様に仕えていた訳ではなく、力を貸していたようです。
手には水晶の玉のようなものを持っておられます。
ピンチヒッターのような存在なので、チームから出入りはされますが、ここぞ!という時にかなりのパワーで後押ししてくださるようです。
以上が私の守護チームです。
皆さんにもそれぞれ守護チームはおられますし、それぞれが役割を持っております。
それぞれ違う役割ではあるものの、一つだけ同じものを持っていると言えば、守護チームはみんな愛が深いということです。
厳しい中にも愛はありますし、私が自力で乗り越えなければいけない時は、敢えて手を貸さず、静観しておられます。
それも愛です。
壁にぶつかった時、壁を乗り越えるヒントをちょうだい!と言ったところで無言になることもありますし、私が教えてもらったところで、それは私の学びにはなりません。
そのため、敢えて無言なのです。
自分なりに考え、行動し、そこに後押しをいただけると言うこと。
他力本願では私の学びにはならないのです。
守護チームに言われたからこうやって動いた。
ではなく、自分で考え、自分の意思で動くことに意味があるのです。
周りに言われてから動くことも、「動く」ことに関しては自分の意思です。
「動かない」というのも自分の意思です。
その決断をし、覚悟を決めることで、ありがたい流れを作ってくださるのが守護チームです。
守護チームには感謝でしかありません。